鹿沼のむかしばなし 夏の段

 

   河童の教えた家伝薬

                         若月 里子 作  

 

 鹿沼の市街から栃木街道を南へ十キロほど行くと、鹿沼市と西方村の境に、大きな川が流れている。この川を小倉川(現在の思川上流)といい、水の澄んだ川で昔からいろいろな魚がたくさんすんでいた。土地に住む人びとにとって、この川の水は、のみ水や田畑の用水には、なくてはならないものだった。
 ところが、天正年間(今から400年ほど前)のある年、この川に河童が現れるというさわぎがもちあがった。
夜しかけておいた「うけ」(魚をとるための竹で作った用具)に、朝早く行って見ると、魚がかかっていないばかりか、うけはこわされて河原にぶんながっていたとか、だいじな馬や牛が川にひきこまれて、いなくなったという話をあちこちで聞くようになった。
 村人たちは、田植えの仕事も手につかず、牛や馬のそばからはなれられなくなるありさまだった。
 その頃、このあたりをおさめていた領主に、山形刑部(やまがたぎょうぶ)という心のやさしい人がいた。河童のさわぎを聞いたときから、「何とかしなければならない」と心を痛めていた刑部は、自分で河童を退治しようと決心した。
 その頃から、「河童渕」と名づけられて、だれも近寄らなくなった渕の近くに、刀を持って待ちかまえている刑部の姿が見られるようになった。
 ひと月ほどたつと、刑部の姿を川底で見ているのか、すっかり河童のいたずらがなくなっていた。うけの中の魚がとられたりすることもなく、牛や馬を安心して田や畑に連れ出して、仕事をすることができるようになったので、村人たちは大へんよろこんだ。
「刑部さまのちからは、てえしたもんだない」
「ほんとだ、代かきも田植えもすっかりおくれっちまったから、いそがしくなってきたわい」
「まったくなあ。刑部様が見張りしてござらっしゃるから、今のうちに田植えをおわしちまうべえ」
 河童の心配がなくなった村人たちは、農作業にはげむようになり、しばらくの間、村には田で働く人びとの声が聞かれるようになった。 刑部も、長いこと河童が姿を見せないので、河原の見張りも1日おき、2日おきと、回数がへるようになった。
 つゆ時も過ぎた夏のある日、風呂に入って汗を流した刑部は、蒸し暑い夜を川風に吹かれて涼んでこようと家を出たが、いつのまにか「河童渕」のほうにあしが向いていた。

「今日も、何事もなく終わったようだが…」とひとりごとを言いながら帰りかけると後ろのほうに、馬の足音のような気配がした。
「おや?」立ち止まってふりかえってみると、川岸に続く田んぼ道を、馬が一頭歩いてくる。そのそばを、黒い影が手綱をつかんで、馬の前へ行ったり後ろへ行ったりしてついてくる。
 刑部は「もしや?」と思って、木のかげにかくれて近づくのを待った。
 やがて黒い影が目の前を通り過ぎた。「河童だ」
「待てっ。そこへいく河童めー」と、大声で呼び止めた。河童は刑部のほうへ向きをかえると、大きな口をあけて、えへらえへら笑いながら、手まねきをしはじめた。刑部はそれにさそわれるように河原にかけおりて河童に近寄っていった。
 すると、河童はにぎっていた馬の手綱をはなしたかと思うと、ものもいわず、刑部に組みついてきた。刑部は河童をはらいのけようとしたが、河童のからだは骨なしのようにやわらかくおもうようにならない。ひきたおそうとしても、ぬらぬらしていてつかみどころがなくだんだん河童のからだにしめつけられていくようだ。
「これは手ごわい奴だ、たかをくくったのがまずかった」
 そう思って、満身に力を入れた。刑部と河童は、上になり下になりして、夜の河原で大相撲になった。
 やがて刑部は、河童の力が少しずつ弱まってくることに気づき、ころあいを見て、「えいっ」とばかり投げつけ、河原の砂の上に河童をおさえつけた。
 おかっぱ頭に、鳥のくちばしのようなとんがった口、ギョロギョロと光った目、見るからに気味のわるいかっこうをしている河童だが、前とはうってかわって、「ヒー、ヒー」とあわれな声を出しはじめた。
 刑部は、今まで村人たちを困らせ、牛や馬のはらわたまでも食べてしまうにくい河童を、「ひといきで、しめ殺してやれ」と思ったが、その声を聞くと、すこし、かわいそうに思えてきた。
「何だ、何か言いたいのか」刑部が声をかけると、河童は、かすれた声で訴えた。
「いのちだけは、た、す、け、て、ください」
「何を言っている。お前は、わしの領民たちの大事な馬や牛をぬすみ出したり、うけをぶち壊したりして、魚をみんなとってしまったり、悪いことばかりしているではないか、今さら命ごいなど聞いてやれぬわ」
「しかし、それにはそれで、わけがあるのです」
「そのわけとは、一体どんなわけだ」
「領主であるあなた様は、百姓たちが川の水をどんなふうに使っているかわからないのですか?」
「水を?それは、どういうことだ?」
「はい…。田植えの頃は、自分の田に水をひくことだけ考えて、わたしたちのような川に住む河童のことなど思ってもくれません。おかげで魚たちもいなくなってしまい、困ってしまうのです」
「はい。魚たちがすまなくなれば、わたしたちの食べものがたりなくなります。そこでしかたなく川の外へ出て食べ物をさがすことになります」
「それで牛や馬を?」
「はい」
 あえぎ、あえぎ言う話を聞いているうちに、河童をおさえつけていた刑部の手が、少しずつゆるめられていった。
 自分たち人間は、たしかに自分のことしか考えなかったかもしれない。
「なるほど、お前の言うことは、よくわかった。たしかにわたしたちはわがままだったかもしれない。しかし、村の人にとって大事な牛や馬を殺したつぐないはどうしてくれる」
「はい、わたしたちはこの小倉川に、長い間住んでいましたが、近いうちにここを立ち去って行くことにします。どうぞ命だけは助けてください。その代わり、今までの罪のつぐないに、この川がいつまでも澄んだ美しい川で魚がたくさん住めるように、川を深く掘りおこしておきましょう」
「そうか、お前たちは、よそへ行くというのか。そして、悪いと思っているなら、ゆりしてやろう」
「はい、ありがとうございます。では…」
 河童は、刑部にしめつけられた腕をさすりながら、川へとび込もうとしたが、からだを刑部のほうへむけて「あのう、刑部様」
「何だ。まだなにか用があるのか」
「じつは…、今まで長い間、村のみなさんのたいせつな馬や牛をひきこんで、尻からはらわたを引き出して食べてきました。そのおわびのしるしに、痔のやまい(おしりの病気)をなおす薬をお教えします」
「ほう、それはありがたいことじゃ」
「では、作り方を言いますから、代々刑部様の家に、伝えのこしてお使いください」
河童は、薬の作り方を刑部に教えると、水音一つたてずに渕の中に消えていった。 
 刑部は、河童に教えられたつくりかたで、薬を作り、家族のものや家来たちの中で痔の痛みに苦しんでいる人たちに使わせてみた。薬のききめはすばらしかった。刑部はその後、痔病で苦しんでいる人びとに、薬をわけ与えた。
 やがてこの薬の話が広まり、遠くはなれた土地からも、薬をわけてもらいたいと、尋ねてくるようになった。刑部は、この薬を、山形家の世つぎになる者に、他言することなく伝えるよう言い残したので、今もなお山形家ではそれを守って家伝薬(その家の人のほかは、だれにも作り方を教えない秘密の薬)として、伝え残してきているという。                            

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